ヴロツワフのショパン像

ポーランドのショパン像と言えばワルシャワのワジェンキ公園にあるショパン像が有名ですが、意外にも他の町にもショパン像は存在します。今回はヴロツワフに2つあるショパン像をご紹介します。 ショパンは1826年から30年にかけて、おそらく4度に渡りヴロツワフを訪れていました。そのうち1830年の滞在の際は、コンサートで自作のピアノ協奏曲第1番ホ短調の2楽章を演奏したのだそうです。 ヴロツワフのショパン像、1つめはポウォドニョヴィ公園にあるものです。これは1930年のショパンのコンサート80周年を記念する目的作られ、除幕式は2004年9月5日に行われ、ヴロツワフ市長やドルノシロンスク県庁や文化遺産省から代表団、そして多くの市民が詰めかけました。除幕式のあとにはピアニストのマレク・ドレヴノフスキ氏によるピアノコンサートが行われました。 もうひとつのショパン像はオワフスカ通り(ul.Oławska)にあります。これは2010年、国際ショパン年を記念して作られたものでした。この場所にこの像が建てられているのは、ショパンが2度目にヴロツワフを訪れた際に滞在した宿がちょうどこの場所にあったからなのだそうです。 関連記事 / Related posts: ショパンのベンチ (Ławeczki Chopina) ジェラゾヴァ・ヴォラ (Żelazowa Wola) – ショパン生家 シャファルニア (Szafarnia) ヴロツワフの100年記念ホール (Hala Stulecia we Wrocławiu) ブロフフ (Brochów)

ポズナン (Poznań)

ポズナンを中心とするヴェルコポルスカ地方はヴェルコポルスカ(大きなポーランドという意味)という様に、広大な平原が広がり、湖があちこちに点々としている。 ポズナンはポーランドで最も古い町のひとつで、ポーランドの最初の統一者・ミェシェコ1世によってポーランドで初めての大聖堂が設置されグニェズノと並びポーランドの最初の王国・ポロニャ王国の中心地のひとつだった。王国の中心地がクラクフに移ってからは東西貿易の中継地として発展しつづけハンザ同盟にも加わった。その後、一時プロイセンの支配下にあった所為か町並みはドイツに似ているが、ドイツにはないポーランド独特のしっとりとした寂しげな雰囲気を醸し出していて、中世の独特の雰囲気を満喫できる。 現在のポズナンは商業都市としても発展を遂げ、毎年6月には世界的にも有名なポーランド最大の国際見本市が開催され、国際都市としても発展しつづけている。ちなみに、ポズナンからは車でヴェルコポルスカ地方の長閑な雰囲気を満喫しながらポーランドの最古の都市・グニェズノやポーランド最古の遺跡・ビスクーピンにも簡単にアクセスできる。 旧市街 ヨーロッパで最も大きい旧市街のひとつ。13世紀に作られた。第2次世界大戦で被害を受けたが、戦後市民の手によって再建された。 市庁舎 旧市街広場の真ん中にあるルネサンス様式の建物。毎日正午になると時計の上に現れる名物の2頭のヤギのからくり人形が観光客に大人気。現在はポズナン市歴史博物館になっている。 スタリィ・ブロヴァル 2003年に作られた商業とアート・ビジネスの総合施設。ショッピングセンターのほかにもアートギャラリーやクラブなどがあり、ファッションショーやイベントなどで一年中賑わっている。 オストルフ・トゥムスキ ヴァルタ川に昔たくさんあった島のうち現存する唯一の島。ポズナンで初めて司教区がおかれた場所。 聖ピオトル・聖パヴェウ大聖堂 オストルフ・トゥムスキにある、10世紀に作られたポーランドで一番古い大聖堂のひとつ。ポーランド初代国王であるミエシュコ1世をはじめ、ポーランドの初期君主たちが眠っている。大聖堂内にある金の礼拝堂にはミエシュコ1世とその息子のボレスワフ1世の像が飾られている。 皇帝宮殿 1905年から1910年にかけて、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の住居として作られた。第2時世界大戦時にはヒトラーの住居として改装され、その後赤軍のものとなった。現在は修復されて文化センターとして利用されている。すぐ横には市民の憩いの場であるミツキェヴィチ公園や日本学科のレベルが高いこと有名なアダム・ミツキェヴィチ大学がある。 国際見本市 中央・東ヨーロッパ最大の国際見本市会場。 聖マルチンのロガル ポズナンを含むヴィエルコポルスキェ県で11月11日の聖マルチンの日に食べられる、白いケシの実やナッツなどが入ったクロワッサンに似たお菓子。ポズナン市とポズナン菓子職人連盟が許可した店でしか購入することができない。ヴィエルコポルスキェ以外ではお目にかからないお菓子なので、この地方に行ったらぜひ試したいもののひとつ。 関連記事 / Related posts: ポズナン国際氷彫刻フェスティバル (POZnan Ice Festival) ときめき Day Trip ~ポズナン・ランタン祭り編~ ヴォルシュティンの蒸気機関車、運行停止に 夏至祭り (Noc Kupały) – ポーランドの祝祭日 カルパチのバイキングの教会 (Świątynia Wang w Karpaczu)

ポーランドの建築様式・シフィデルマイエル

ワルシャワ郊外南東の方へ行くと、美しい装飾のある木造住宅を見ることが出来ます。これはこの地域独特の建築様式で、シフィデルマイエル(Świdermajer)と名づけられています。 この様式の家は19世紀末から20世紀初頭にかけて、ワルシャワとオトフォツクを結ぶ鉄道路線に沿って作られたものです。この様式を開発したのはミハウ・エルヴィロ・アンドリオリという有名なポーランドのアーティストでした。彼は1880年ここに流れるシフィデル川を挟んだ両側に広大な土地を購入し、ペンションを建てることにしました。当時の建物はスイス・アルプス様式が流行していましたが、アンドリオリはそこに自分のアイデア、例えばロシアで見たバルコニーやベランダを付け加えたことで、この様式が誕生したのでした。 シフィデルマイエルという名前は、ここによく遊びに来ていた詩人のコンスタンティ・イルデフォンス・がウチンスキがこの地を流れるシフィデル川と、当時流行っていビーダーマイヤー様式(biedermeier)をもじって付けたそうです。 これらの建物は今でも残っており、古いものだと築100年を越しているとか。車がないと少し行きにくい場所ですが、ここでしか見ることのできないものなのでぜひ機会があれば行ってみてはいかがでしょうか? シフィデルマイエルについては2018年12月TBS「世界の窓」で放送されました。 関連記事 / Related posts: 文化科学宮殿60周年 ショパンのベンチ (Ławeczki Chopina) ワルシャワのパノラマ 文化科学宮殿 (Pałac Kultury i Nauki) Archimapa Warszawy

Archimapa Warszawy

ワルシャワ観光といえば旧市街・ワジェンキ公園・ショパン関係だけと思いがちですが、歴史の波に翻弄されてきたワルシャワで見れるものは実はそれだけではありません。今回は、いつもとは一味違うワルシャワ散歩に役に立つアプリをご紹介します! このアプリの名前は”Archimapa”といい、App Storeで無料ダウンロードが可能です。これはワルシャワ蜂起博物館が開発したもので、20世紀初頭の建築や社会主義のワルシャワ、ユダヤ文化に関係ある場所など7つのテーマに分けられています。 興味のあるテーマをタップしてみましょう。今回は試しに”Żydowskie dziedzictwo”を選んでみます。テーマの簡単な説明があらわれました。 その下にある”Mapa”をタップすると、以下のような地図が出てきます。番号をタップすると、その建物の名称と建築家の名前、製作年を見ることが出来ます。試しに①を見てみましょう。 次に”Miejsca”をタップすると、建物の番号と名前が一覧になって出てきます。興味のある建物の名前をタップすると、詳しい説明を読むことが出来ます。 残念ながらこのアプリはポーランド語しかないのですが、いつもとは少し違ったワルシャワ散歩が出来そうです。もしかするとあなたが普段何気なく通っている場所も、実は歴史に翻弄されたところかもしれません。 関連記事 / Related posts: 自動車博物館 (Muzeum Motoryzacji i Techniki) 鉄道博物館(Stacja Muzeum) ワルシャワ博物館 (Muzeum Warszawy) ワルシャワのパノラマ ワルシャワ (Warszawa)

ブロフフ (Brochów)

ショパンの生家があるジェラゾヴァ・ヴォラから北に10kmほど行ったところに、ブロフフ(Brochów)という村があります。 ここにある聖洗礼者ヨハネと聖ロフ教会(Kościół św. Jana Chrzciciela i św. Rocha)と呼ばれる大きな教会があります。 この教会はショパン一家にとっては大切な場所でした。1806年6月2日、ショパンの両親であるミコワイ・ショパンとテクラ・ユスティナ・クシジャノフスカがここで結婚式を挙げました。その後1810年4月23日、ショパンがここで洗礼を受けています。 ショパン家がワルシャワに引っ越した後も、ジェラゾヴァ・ヴォラを訪れた際にはこの教会にも訪れていたのではないかとみられています。また1832年、ショパンの姉のルドヴィカの結婚式もここで行われました。 ブロフフに教会が出来たのは1113年より前だとみられています。その後何度にもわたり増改築が行われました。第2次世界大戦ではそれほど被害を受けず残りましたが、その後手入れがされなかったために荒廃。1990年になってやっと修復されることになり、1999年に修復が完了しました。その後ショパン生誕200年の2010年にも内部が修復されています。 関連記事 / Related posts: 2015年ショパン国際コンクール予選開始 ショパンのベンチ (Ławeczki Chopina) ジェラゾヴァ・ヴォラ (Żelazowa Wola) – ショパン生家 シャファルニア (Szafarnia)

ポーランド各県のプロモーションビデオ

ポーランドは海と山に面した広い国で、ひとくちにポーランドといっても地方でずいぶん印象が違います。今回はポーランド各県のプロモーションビデオをまとめました。どこか行ってみたい場所はありますか?     県名 日本語 プロモーションビデオ Województwo dolnośląskie ドルヌィ・シロンスク県 Województwo kujawsko-pomorskie クヤヴィ・ポモジェ県 Województwo lubelskie ルブリン県 Województwo lubuskie ルブシュ県 Województwo łódzkie ウッジ県 Województwo małopolskie マウォポルスカ県 Województwo mazowieckie マゾフシェ県 Województwo opolskie オポーレ県 Województwo podkarpackie ポドカルパチェ県 Województwo podlaskie ポドラシェ県 Województwo pomorskie ポモジェ県 Województwo śląskie シロンスク県 Województwo świętokrzyskie シフィエントクシシュ県 Województwo warmińsko-mazurskie ヴァルミア・マズーリ県 Województwo wielkopolskie ヴィエルコポルスカ県 Województwo zachodniopomorskie 西ポモジェ県 関連記事 / Related posts: カトヴィツェ (Katowice)とシロンスク県 (Śląsk) チェンストホーヴァ (Częstochowa) クドヴァ・ズドゥルイ (Kudowa Zdrój) ヴロツワフ (Wrocław) クラクフのバルバカン (Barbakan w Krakowie)

シャファルニア (Szafarnia)

シャファルニアはワルシャワから車で南西に約3時間、クヤヴィ・ポモジェ県にある小さな村です。ここはショパンの学友の親が所有していた土地で、ショパンは1824年と25年の2回にわたり、夏休みを過ごすために訪れています。 ここでショパンは友人達と遊んだり、ピアノを練習したり、シャファルニアだけではなく近くの町に観光へ行ったりと、夏休みを満喫したそうです。また、地元のお祭りで見た民族舞踊のメロディや歌詞をメモし、自分もバセトラを演奏してその仲間に加わったのだそうです。 現在シャファルニア村にはショパンセンター(Ośrodek Chopinowski)があり博物館のようになっているほか、コンサートや1992年より毎年青少年のためのショパン国際ピアノコンクールが開かれています。 シャファルニアについては2014年NHK「名曲アルバム」で放送されました。機会があればぜひご覧ください。 関連記事 / Related posts: 2015年ショパン国際コンクール予選開始 ショパンのベンチ (Ławeczki Chopina) ジェラゾヴァ・ヴォラ (Żelazowa Wola) – ショパン生家 “ショパンと彼のヨーロッパ”国際音楽祭(Międzynarodowy festiwal muzyczny „Chopin i jego Europa”) ショパンゆかりの場所 ワルシャワ編・その2

アントニン 狩猟の館 Pałac myśliwski

ポーランドのヴィエルコポルスカ県、ポズナンから車で南東に2時間ほど行ったところにアントニン(Antonin)という小さな村があります。緑が多く湖もあるその村の中に建っているのが木造の狩猟の館(Pałac myśliwski)です。 この建物はカルル・フリードリッヒ・シンケルの設計で1822年から24年にかけてポズナン大公国総督であったアントニ・ヘンリク・ラジヴィウ(Antoni Henryk Radziwiłł)公の夏の館として作られました。アントニンという地名は彼の名前を取ったものです。 ラジヴィウ公は芸術、特に音楽に造詣が深く、チェロの名手でもありました。ゲーテやパガニーニ、ベートーヴェンとも親交がありました。彼は1827年と1829年の2度に渡りフレデリック・ショパンをこの館に招いています。ショパンはここでラジヴィウ公の娘ヴァンダにピアノを教えていたほか、ラジヴィウ公のために前奏と華麗なるポロネーズ ハ長調作品3”を作曲したほか、彼が唯一作曲したピアノ三重奏曲をラジヴィウ公に献呈しています。 戦後この建物は共産主義政権の所有物となり荒廃、その後ポーランドの作家で音楽評論家であったイエジィ・ヴァルドルフ(Jerzy Waldorff)氏のイニシアチブにより1975年から78年にかけて修復されました。 現在はホテルになっており、ショパンが滞在したといわれている33番の部屋にも宿泊できるほか、一室が小さなショパン博物館になっており、ショパンとこの館に関する資料を見学することが出来ます。また毎年秋には“秋の色のショパン (Chopin w barwach jesieni)”というフェスティバルが行われ、国内外の演奏者達が出演しています。 アントニンの狩猟の館については2016年NHK「名曲アルバム」や2019年TBS「世界の窓」で放送されました。機会があればぜひご覧ください! 関連記事 / Related posts: 2015年ショパン国際コンクール予選開始 ショパンのベンチ (Ławeczki Chopina) ジェラゾヴァ・ヴォラ (Żelazowa Wola) – ショパン生家

花模様の村・ザリピエ (Zalipie)

クラクフから車で80キロメートルほど離れたところにザリピエ (Zalipie)という小さな村があります。 実はこの村、「花模様の村」と呼ばれているのです。なぜでしょうか? 村に行ってみると、外壁が花模様で飾られているおうちがあり、教会も中に入ってみるとお花だらけで圧巻としか言いようがないかわいらしさ。この村では家の中はもちろんのこと、家の外壁や犬小屋、消防署に至るまでが花模様で飾られています。 花模様は毎年イースター前に描かれます。なんでも以前はこの地方は貧しく、煙突のある暖炉がなかったため、冬になるとストーブの煙で天井がすすだらけになったそうです。それを綺麗にするのと同時に「春にお庭に咲いているお花が一年中近くにあったらいいな」との思いから、いつしか花模様が描かれていくようになったそうです。花模様を描くのは女性の仕事だったそうですが、最近では男性でも描く人が出てきたとか。下書きはせずに絵の具で思いのままにいきなり描いていきます。ザリピエの花模様はパッと目に付く明るいカラフルな色彩が特徴ですが、最近では白い絵の具だけて描かれる花模様もあり、これは繊細なレース編みを思い起こさせるとても美しいものです。 花模様についての詳細は村内にある民俗博物館 “Zagroda Felicji Curyłowej w Zalipiu”、そして花模様を描く女性達が集まる“Dom Malarek”で知ることが出来ます。また、花模様が描かれた小物類も購入することができます。毎年ザリピエでは“Malowana Chata”と呼ばれるコンクールが開催されていますが、これはザリピエの人たちが自分の家に描いた花模様の美しさを競うもので、1948年より行われている歴史のあるものです。最近は日本人の参加者もいるそうです。 カラフルなお花模様を見ているだけで思わず顔がほころんでしまうこの小さな村、交通の便があまり良くないのが難点ではありますが、ぜひ一度訪れてみてください。花模様に囲まれた民宿で、ポーランドのおいしい田舎料理を体験するのも楽しいですよ。 Zagroda Felicji Curyłowej w Zalipiu の公式サイトはこちら (ポーランド語のみ) Dom Malarek の公式サイトはこちら (ポーランド語のみ) ザリピエについては2019年2月、TBS系列「世界の窓」で放送されました。 関連記事 / Related posts: ポーランドのクリスマスマーケット ヴロツワフ (Wrocław) ポーランドの自然 ポズナン国際氷彫刻フェスティバル (POZnan Ice Festival) エルブロング (Elbląg)

”無料の11月” – Darmowy listopad

11月の1ヶ月間はワルシャワの王宮(Zamek Królewski)、ワジェンキ公園博物館(Muzeum Łazienki Królewskie)、ヴィラヌフ宮殿 (Muzeum Pałacu Króla Jana III Sobieskiego w WIlanowie) そしてクラクフのヴァヴェル城 (Zamek Królewski na Wawelu)では、施設内の常設展示を無料で見学することができます! これはポーランドの文化・遺跡省が2012年より行っている「Kultura dostępna」というキャンペーンの一貫の「Darmowy listopad(無料の11月)」というもので、ポーランドの王様たちの元住居を無料で見学できるというイベントです。 この機会に各施設では子供や学生のための講義やワークショップも開かれているので、お子さん連れで参加するのも楽しそうですね。詳細は各博物館の公式ページをご参照ください。 ワルシャワ王宮 → こちら ワジェンキ公園博物館 → こちら  ヴィラヌフ宮殿 → こちら ヴァヴェル城 → こちら 関連記事 / Related posts: ワルシャワ (Warszawa) 「ポーランドのユダヤ人歴史博物館」がヨーロピアン・ミュージアム・オブ・ザ・イヤー2016を受賞! ポーランドの博物館・美術館 自動車博物館 (Muzeum Motoryzacji i Techniki) ポーランドのユダヤ人歴史博物館 POLIN(Muzeum Historii Żydów Polskich POLIN)

第2次世界大戦勃発のシンボル ヴェステルプラッテ(Westerplatte)

1939年9月1日早朝、ドイツ軍がポーランドに侵攻。これを受けて9月3日にはイギリス・フランスがドイツに宣戦布告、第2次世界大戦が始まりました。 ドイツ軍はグディニャ、ヘル半島、シロンスク地方南東部、ヴィエルコポルスキ地方、ワルシャワなどのを空爆。一番最初にドイツ軍の攻撃の被害にあったのはヴィエルンという都市であると言われていますが、ポーランドで第2次世界大戦勃発のシンボルとなっているのは、グダンスクの中心部から少し離れたところにあるヴェステルプラッテという岬です。 1939年9月1日早朝の4時45分、ドイツの戦艦シュレスヴィヒ・ホルスタインが、ポーランドの守備部隊が駐屯していた自由都市ダンツィヒ(現在はポーランド領グダンスク)にあるヴェステルプラッテ(Westerplatte)に砲撃を開始しました。この戦艦は1939年8月25日に親善目的の理由でダンツィヒを訪れており、ヴェステルプラッテの近くに停泊していました。 約2600人のドイツ軍に対し、指揮官ヘンリク・スハルスキ少佐含めたポーランド軍はわずか205名。人数の圧倒的差もあり、ドイツ軍が簡単に勝利すると思われたもののポーランド軍も機関銃や野砲などで応戦。しかしドイツ軍による急下降爆撃での被害や水・食料・医療品などが底をつき、9月7日にポーランド軍は降伏せざるを得ませんでした。この7日間でのポーランド側の被害は死者14人・負傷者53人。それに対してドイツ側の死傷者は数百人にのぼると言われています。 現在ヴェステルプラッテは一般開放されており、小さな博物館ほか、当時の建物の跡などが残っているのを見学することが出来ます。緑が多い公園のような場所で、こんな場所で戦闘があったのかととても不思議な気持ちになります。小高い丘の上には巨大な記念碑が立っています。その下の原っぱの一角に”NIGDY WIĘCEJ WOJNY (NO MORE WAR)”とあるのがとても印象的でした。 関連記事 / Related posts: 自動車博物館 (Muzeum Motoryzacji i Techniki) ポーランドの博物館・美術館 ワルシャワ (Warszawa) グダンスク (Gdańsk) 古代遺跡ビスクピン (Biskupin)

ソポト(Sopot)

海のイメージがあまりないポーランドではありますが、北部はバルト海に面しています。海に面した有名な観光地といえば、昔の面影を残したままの美しい旧市街のあるグダンスク。ポーランドではこの街と近隣2つの街、ソポト(Sopot)とグディニャ(Gdynia)を合わせて“3つ子の街(Trójmiasto – トゥルイミアスト)”と呼んでいます。今回はポーランド人の海水浴の定番であるソポトをご紹介します。 ソポト(Sopot)はグダンスクから車で北に30分ほど行ったところにあります。グダンスクは観光地ですが、ソポトはあまり観光するところはありません。有名な桟橋(Molo)くらいでしょうか。歩き回って楽しむための街ではなく、ビーチでのんびり過ごす目的の人たちで賑わっています。夏休みの天気の良い日は、水着を着た人たちでビーチは大賑わい。桟橋のすぐ横にあるグランドホテルは、マレーネ・ディートリッヒやグレタ・ガルボも宿泊した由緒あるホテルです。 ビーチに飽きたら賑やかなボハテルフ・モンテ・カシノ通り(ul. Bohaterów Monte Cassino)へ行ってみましょう。ポーランド人が“モンチャック(Monciak)”と呼ぶこの通りには、アパレル店やレストラン・カフェなどが多く並び、シーズン中はとても混雑しています。またクラブなども多いので、週末の夜は地元の若者たちで賑わっています。 さて、海沿いに来たらはずせないのはやはりお魚。ビーチ沿いにはお魚料理専門のレストランやバルがたくさん並んでいます。燻製にしたお魚を売っているお店も多くあり、日持ちするのでちょっとしたおみやげにもピッタリです。お店によってはその日にあがった鮮魚を売っているところもありますが、種類は多くはありません。 ちなみに海に来たポーランド人が必ず食べる(らしい)のがワッフル。ポーランド語ではGofry(ゴーフルィ)といいます。このワッフルに粉砂糖をいっぱいふりかけて、もしくは山盛りの生クリームの上にフルーツやジャムをこれでもかとトッピングして食べるのがポーランド流。ソポトでなくとも、海沿いの町にならどこでもあるらしいのでぜひ一度試してみてください。ひとつでお腹いっぱいになることうけあいです。 関連記事 / Related posts: ポーランドの海水浴場 シャビーなヨーロッパの雰囲気を味わえるカフェ (K:KOの雑記帳) ハラ・ミロフスカ (Hala Mirowska) クラクフで果実酒をお探しなら (Szambelan – Kraków) カジミエシュ・ドルヌィ (Kazimierz Dolny)