◆ノーベル物理学賞・化学賞◆ マリア・スクウォドフスカ・キュリー夫人 (Maria Skłodowska – Curie)、(1867年11月7日生・1934年7月4日没) 物理学者・化学者。政治運動に参加し故国を越え、フランスに亡命。物理学者ベクレルの影響を受け、ウラン鉱石の精製からラジウム、ポロニウムを発見し、原子核の自然崩壊および放射性同位元素の存在を実証。原子物理学の最初の基礎を作るとともに、文字通り今世紀の原子力・核の時代を開く。夫ピエール・キュリー、ベクレルとともに、第一回物理学賞(1903)。後、金属(単体)ラジウムの単離に成功し、ノーベル化学賞も受賞(1911)。 ◆ノーベル文学賞◆ ヘンリク・シェンキエヴィッチ (Henryk Sienkiewicz)、(1846年5月5日生・1916年11月15日没)作家。 1866〜1869年、法学を学ぶと共に、中央大学史学部の学生でもあった。 1872〜1887年、報道記者・特別欄担当者として働き、1882〜1887年、「単語」(”Słowo”)の編集者。70年代から海外旅行を始め、北米やイタリアやスペインなどに行った。第一次世界大戦が派生時にはスイスでポーランド人犠牲者委員会を設立した。独立を失ったポーランドでの外国政府の弾圧政策に対抗し、独立回復を求めて戦いを続けた。失われた祖国への思いを込めた作品を作っていたが、彼の作品には社会問題も取り上げられている(「ヤンコバンドマン」(”Janko Muzykant”:1880)。しかし世間の注目を浴びたのはポーランドの激しい歴史を語る3部作、「火と剣と」(”Ogniem i mieczem”:1884)、「大洪水」(”Potop”:1886)「ヴォウォディヨフスキ氏」(”Pan Wołodyjowski”:1888)。世界的に知られているのは「クオ・ヴァディス」(Quo Vadis)である。1905年にノーベル文学賞を受賞した。 ヴウァディスヴァフ・レイモント(Władysław Reymont)、(1867年5月7日生・1925年12月5日)、作家。オルガン奏者の息子。幼い頃、仕立屋の弟子。役者としても活躍し、1893年、記者の仕事に就いた。1895〜1897年、旅の時期を過ごし、電車の事故に遭ったが、奇跡的に生き延びた。第一次世界大戦の際、政府に抵抗し、独立回復するのに戦い続けた。大きな反響を呼んだのは「約束の地」(”Ziemia obiecana”:1899)、そしてノーベル賞の授賞理由になった「農民」(”Chłopi”: 1904〜1909)である。ノーベル賞を授賞したのは1924年のこと。 チェスワフ・ミウォシュ(Czesław Miłosz)(1911年6月30日生・2004年8月24日) ポーランドの詩人、随筆家、訳者。第二次大戦中にAK「国内軍」に加わり地下活動を行なっていた。戦後外交官としてワシントンとパリ(46〜50年)在住。フランスに亡命し(51年)、その後アメリカへ渡り(60年)、以後カリフォルニア大学教授であった。90年代にポーランドに戻り、クラクフに在住した。代表作は「まひるの明かり」(”Światło dzienne”:1953)、「囚われの魂」(”Zniewolony umysł:1953)、「名前の無い町」(”Miasto bez imienia”:1969)、「故郷のヨーロッパ」(”Rodzinna Europa”)、「ウルロの地」(”Ziemia Urlo:1977)、「これ」(”To”:2000)。1980年ノーベル文学賞受賞。 > ヴェスワヴァ・シンボルスカ (Wiesława Szymborska)、(1923年7月2日生・2012年2月1日没)、ブニン町(ポズナン周辺) 生まれ。1945〜48年、ヤギェウウォ大学でポーランド文学と社会学を学び、1953年から「Życie Literackie」の編集グループの一員として活躍。代表作は「自問」(„Pytania zadawane sobie”: 1954)、「塩」(„Sol”: 1962)、「万一」(”Wszelki wypadek”: 1972)、「大きな数字」(”Wielka liczba”: 1976)、「終わりと始まり」(”Koniec i początek”: 1993)等。 人間の存在・歴史との関係をモチーフにしている詩人。よくアイロニーとパラドクスを手段として使っている。1996年にノーベル文学賞受賞。授賞理由は「人間の本質が持つ様々な断面に、歴史的、女性的視点からアイロニーを込めて照らし出した詩」であった。 オルガ・トカルチュク (Olga Tokarczuk) (1962年11月29日生-) ポーランドの作家・詩人。1993年に作家デビュー。2008年にポーランド文学最高峰のニケ賞を受賞。『逃亡派(Bieguni)』で2018年マン・ブッカー国際賞受賞。2019年に2018年度のノーベル文学賞を受賞した。代表作は「逃亡派(原題:Bieguni)」「昼の家、夜の家(原題:Dom dzienny, dom nocny)」「プラヴィェクとそのほかの時代(原題:Prawiek i inne czasy)」など。 ◆ノーベル平和賞◆ レフ・ワレサ(Lech Wałęsa)、 (1943年生‐)。ポーランドの労働組合運動家、政治家、ポーランド語ではレフ・ヴァウェンサと読む。元ポーランド大統領。工業学校を卒業した後、グダニクスの造船所にて電気工として就職した。 当時、共産党は主権を握っていた。共産党議長であったギエレクは経済政策に失敗し、それを機に各地でストが発生し、そのストを指導した。1970年、1980年と造船所ストライキを決行し、全国的な自主管理労働<連帯>を結成。初代議長として政府の弾圧政策に対抗し、労働者の自由を求めて戦い を続けた。何度か政府によってその身柄を拘束されたワレサであったが、1983年にはノーベル平和賞を受賞し、1989年には共産政権を打倒し、1990年に憲法を改正させた。その年の自由選挙によって大統領に就任した。1995年に大統領選で敗れ、失脚。 関連記事 / Related posts: マリア・スクウォドフスカ・キュリー(Maria Skłodowska – Curie) オルガ・トカルチュク氏がノーベル文学賞を受賞 オルガ・トカルチュク (Olga Tokarczuk) 最も有名なポーランド人は? 第87回アカデミー賞:ポーランドの“Ida”が外国語映画賞を授賞!
初めてのポーランド旅行。ポーランド語の挨拶も数字も覚え、準備は万端に整いました。でも、お金を替えるときなんて言えばいいの?タクシーで行先はどう伝えたらいい?今回は旅行中ちょっとした時に役立つ言葉を集めました!女性の場合は、()内の言葉を使ってくださいね。 日本語 ポーランド語 読み方 ポーランド語がわかりません Nie rozumiem po polsku. ニエ・ロズミエム・ポ・ポルスクゥ 英語が話せますか? Czy mówi P […]
ポーランド語では新年のことをノヴィ・ロク (Nowy Rok)といいます。 日本ではお正月は神聖なものとして捉えられ、家族と一緒におせち料理を食べて初詣に行くなどしますが、ポーランドにはそのような習慣はありません。よってお正月特有の伝統料理などもありません。前日の大晦日に大パーティをしていることがほとんどなので、1月1日を二日酔いのまま過ごすことも全く珍しいことではありません。1月1日の午前0時はカウントダ […]
12月10日、スウェーデンのストックホルムで2019年ノーベル賞授賞式が行われ、ポーランドの作家オルガ・トカルチュク(Olga Tokarczuk)氏が2018年文学賞、オーストリアの作家ピーター・ハントケ氏が2019文学賞を授与されました。昨年は性的暴行事件にからむスキャンダルで文学賞の発表は見送られていたため、今年の発表となりました。 トカルチュク氏はポーランド・スレフフ生まれの57歳。ワルシャワ大学心理学科を卒業し、19 […]
ロマン・ポランスキは「戦場のピアニスト」や「ローズマリーの赤ちゃん」などの作品で有名なポーランドの映画監督です。 ポランスキーは1933年8月11日、フランスのパリでユダヤ系ポーランド人の家庭に生まれました。出生時の名前はRajmund Roman Liebling (ライムンド・ロマン・リーブリング)。彼が3歳になると一家はポーランドのクラクフへ引っ越します。1939年になるとユダヤ系であったポランスキ一家は、ドイツ軍が作 […]
第三共和制 ヴォイチェフ・ヤルゼルスキ大統領1989-90 戒厳令:1981年12月 共産党政権は崩壊の危機に直面、ソ連の軍事介入が危惧された。1981年秋から党・政府・軍の実権を握っていたヤルゼルスキ将軍は12月13日、戒厳令を布告、軍事政権は多数の活動家を「抑留」するなど「連帯」の弾圧に乗り出す。戒厳令布告直後、「連帯」に賛同する女性有志らが「ゼノ修道士記念ポーランド人を助ける会」を組織し、3千5百万円以上の義 […]
ポーランド人はお花が大好き。人にあげることも人からもらうこともよくあります。今回はお花屋さんで役に立つ、ポーランド語の花の名前を集めました! ポーランド語 読み方 意味 róża ルジャ バラ tulipan トゥリパン チューリップ gerbera ゲルベラ ガーベラ goździk ゴジジク カーネーション frezja フレジア フリージア groszek pachnący グロシェク・パフノンツィ スイートピー żonkil /narcyz ジョンキル/ナルツィズ […]
地動説で世界的に有名なニコラウス・コペルニクスはポーランド人。ポーランド語ではミコワイ・コペルニク(Mikołaj Kopernik)といいます。1473年にポーランド=リトアニア同君連合王国の都市であったトルンという町で、裕福な商人の息子として生まれました。 最初に入った聖ヨハネ教会付属の学校でラテン語と数学そして天文学に触れたコペルニクスは、その後ヴロツワフの教会付属学校を経て1491年クラクフアカデミー(現在の […]
「おめでとう」や「頑張って」の言葉を聞くのは嬉しいものですよね。今回はポーランド語の祝福の言葉、日常的によく人に対して使う言葉を集めました。 別れぎわの言葉 ポーランド語 読み方 意味 発音 Miłego dnia! ミウェゴ・ドニァ! 良い一日を! Miłego weekendu! ミウェゴ・ウィークエンドゥ! 良い週末を! Miłej podróży! ミウェイ・ポドルジィ! 良い旅を! Udanego urlopu! ウダネゴ・ウルロ […]
マキシミリアン・マリア・コルベ(Maksymilian Maria Kolbe)神父(出生名ライムンド・コルベ Rajmund Kolbe)は1894年にポーランドのズドゥンスカ・ヴォラで生まれました。 聖母マリア信仰の強い家庭で育ち、その後コンベンツァル聖フランシスコ修道会に入会、ルヴフ(現在はウクライナのリヴィフ)にあるコンヴェンツァル聖フランシスコ修道会の小神学校に入学。1911年の初請願の際にマキシミリアンの名前を与えられま […]
10月14日は教師の日 (Dzień Nauczyciela -ジェン・ナウチチェラ)です。 これはポーランドの祝日で、1773年10月14日ポーランド国王スタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキが発案した、ポーランド初の公式な教育庁である国立教育委員会(Komisja Edukacjii Narodowej)の誕生を記念するもので、正式には国民教育の日(Dzień Edukacji Narodowej – ジェン・エドゥカツィ・ナロドヴェイ)といいます。 教師のための祝日な […]
ポーランドで20年以上に渡りテレビ等日本のメディアをコーディネートしているKaneko Creative Agencyさんより、番組配信のお知らせです! —————————————————————————————————————̵ […]
最近のお買い物はスーパーが主流になってきましたが、新鮮な食材が手に入る市場では昔ながらのお肉屋さんが軒を連ねています。普段スーパーではパッケージを見てお肉を買っているので部位の名前がわからない!今回はそんな時に役立つポーランド語食材辞典、鶏肉編です!ちなみに、ポーランドでは鶏ひき肉が売られていることはほとんどありません。 ポーランド語 読み方 意味 kurczak クルチャク 鶏肉 skrzydło / skrzydełko […]